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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

ほわん、としてます

突然ですが、父親が亡くなりまして一週間ほど実家に帰っていました。

今年1月が余命リミットと言われ、そこから半年。

74才なので寿命と言えばそうだしあと十年と言えばそうだなあ…と思いつつ、19で1人暮らし始めた事や、中学高校と単身赴任で親がいなかったりで、未だなんていうか、実感というか、不在っていうのが良く分からない感じです。

ただ、思い返すと生まれてこの方、本当の「父の不在」は無かったわけで、あともう少ししたらじんわり来るかもしれないなー…と思います。今は明日から仕事復帰なんだけどちゃんと戻れるか若干心配でもあります。

で、ですね。

すごい忙しいんですよね。

葬儀の手配もだけど後の方が、考える事たくさんで。

年金とか保険とか、連絡したり市役所行ったり。厚生年金なら電車で四十分くらいの大きな街の事務所に出向かないとならないし予約制だし。人って長く生きてる間にいろんなものにより「存在」しているって事を証明してるんだなってつくづく思いますよね。

年金やら、こういった事は父が全部対応してたようで、母は???な状況。田舎はネット環境が当たり前のように無いので私のiPadさんが頼りなわけですよ。めっちゃ調べて連絡して必要な書類聞いて、これは何日のどこどこへ持っていくもの、あれはいつまでに郵送するもの、って整理するわけです。

私は東京で仕事しているので帰らねばならず、後は姉に頑張ってもらうしかないのですが……。それも若干懸念が残るんだよなあ…。大丈夫かな…。

とにかく。

二週間で仕上げる筈だったコンペの企画書どデザイン、一週間でやらねばなりません。それから実家にいちいち連絡して経過も確認しないといけないし、年金が減るわけだから母親の暮らしも落ち着くまで見てないと。夏の賞与、多分今月なんでどれくらい出るかな、実家に送らないとな、四十九日が来月の18日だから飛行機見とかないと、それから自社の持ち株をちょこっと換金して備えておいて。

で、おわかりの方はおられるだろうか?

故人を偲ぶ前に金の工面が最優先だという事を。貧すれば鈍するってやつですよ…。

母はそれこそお父さん子なのでそれも心配なんですが、何よりこれから母がどう生きるかに目途を付ける事がもうもう最優先事項なんですよね。

実はこちらに呼ぼうかと考えていて、父の余命を聞いてから部屋を見てたんです。現実問題母が一人になったらどうしようかと。こちらは雪も無いし、歳をとったら尚更都会の方が便利だし。今の部屋、めっちゃ気に入っていて広さも充分で好きだけど同居なら2LDKは欲しいよな、いや3LDKだとお互いストレスなく適度な距離かな…もうペット可の物件にして猫飼うか…等々。でも結局「ここを離れたくない」との事。姉が同居するか近くに住むかになりそうです。それでも半年一年はひとりでいたいとの母の意向もあり、気を付けてみていくしかなさそうです。

それにしても葬儀というか、儀式ってすごいなと思いました。ここから数行はちょっとリアルな描写もあるので苦手な人は回避を。。

棺に入る前、故人が布団に横になっているんですが、顔をみたりそっと触れたりしてるわけです。それから身ぎれいにしてもらって白装束を着せて入棺したあとは、祭壇の奥に安置されるわけですが、ここで、す、と距離が開くんですよね。

少しずつ故人との距離が開いて行って、葬儀、火葬、お骨上げ、と進むうちに観念するというか。儀式って不思議に理にかなった段取りなんだなって実感しました。

「死はその人の身にふるものだけど、弔いは今後も生きる人のためのもの」

これ、とある二次作品の中にあった一文で、とても好きな言葉なんですけど、本当にこの通りなんだなーと思いました。父の、家族だけで送ってほしいとの遺志があり、母はその通りにすると決断していたので、葬儀は本当に家族だけだったんだけど、「家族とは別の縁やつながりが兄弟にはあるんだから」と母に言い、親戚の中でごく少数だけに連絡しまして。私の独断で父が怒ってるかもしれませんが、通夜の祭壇はせめてと贈っていただいたお花でいっぱいになってました。

とてもよいお式だったと思います。葬儀店の方、お寺の方、仕出し屋さん、火葬場の係員の方、ほか皆様には本当に感謝を。

そして突然休んじゃって、職場の方たちも、ほんとすいませんでした。

 

さて。

日常に戻らないとね