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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

深淵〔せつら 幻十〕

せつらは老舗の煎餅屋が本業ですけど幻十の家は何やってたんでしょうね。公式に設定あったかな?いや記憶を辿るに無いような気がする。まあまだ青春鬼読んでないのであれですが…。と言うわけで古物商とかどうかな?なんて思いました。新宿のどこかに店とかあってね骨董品のね。浪蘭っていい苗字だしどうかなー。

 

***

冷たさが大分緩んだ空気に何処からか甘い花の香りが溶け込んでいる晩春の夜。人気の消えた闇を歩くのはそれよりも濃い黒衣を纏う美しい影だ。

秋せつら。

その美貌をひと目見ようと人が集まる老舗の主人、又は人探し屋である。時計の針が午後八時を差した頃、戻らない幼馴染を迎えに闇を歩いていた。

つ、つ。

糸を手繰る。生き返り、未だ感覚が戻らないと言う幼馴染の小指にそっと巻かれた糸だ。今更あの幼馴染を疑う訳ではないが。いや、と老舗の主人は誰に問うでもなく小さく首を傾げた。僕に何か危害をといった方面では全く疑ってはいないがしかし、と。彼が彼自身に何かと考えた場合は。数日前の様子を鑑みて可能性が無いわけでは無いのだと思ったのだ。

「…土の中は、静寂だと思うだろう?」

あれは過ぎようとする春が嵐を呼んだ夜、大きな音を立てて吹き荒れる夜中に眠れぬ幼馴染がぽとりと落とした言葉だった。

せつら、土の中は確かにこんな音等無いけれど、静寂でもないのだよ。そうだな。この季節は特に、芽吹くもの、起きるのも、融けるもの、浸みるものの音がして、季節が巡った事を知った。

ぼくの土は、と言い差して幼馴染はその後を続ける事が出来なかった。ただ閉じた瞼から雫が落ちる様を見て、この幼馴染涙の粒はどうして大きいのだろう、どんな目の仕組みになっているのだろうかと幼い頃に思っていた事を思い出したのだった。そうしてその時に何となく巻いた糸。それが今夜役に立っている。

音が無い訳ではないと彼は言うが、15年を彼が過ごした場所は地上より遥かに静寂で静謐だっただろうか。温度の差は無く一定で土に染み入った水は流れるままに濾過されて、彼に届く頃には清水となっていただろうか。それに比べたら地上等、夜中でさえふいに目を覚ましてしまう程の騒音と不純物が紛れる息苦しい空気だっただろうか。もっと早くに気付くべきだった。食が細いと思った所で思い至るべきだった。戻れぬ理由があるとしたら、最後の決戦に出る時に彼は全ての片を付けたのだろう。己が死んだ後、浪蘭の財を知らぬ者に蹂躪される事を彼が許す訳が無いのだ。

そこまでを考えながら、ふと糸を手繰る指が止まる。細い路地の先を更に行き、開いた塀の隙間を抜けて開いた穴の奥。そこから何度角を曲がっただろうか。右、右、左。左、右、左。これを巡る事自体が何かの秘儀なのか、やがて一歩を踏み出したところが広く開けた場所である事に気が付いた。

開けた闇は漆黒では無く、土その物が燐光を放つかの様に空間を照らしている。静寂の土。そこに佇む幼馴染の姿こそ静謐。彼の姿こそ、ここが浪蘭の家が抱える物の深部である事の証だ。

「来たのか」

ざわり。異物に土がうねり、せつらの足元が歪むのを掌で制したのは浪蘭幻十。この家の最後の総領。彼は見詰めていた紙から顔を上げ、この闇の先を見る。

「…豹太には、荷が重い事をさせてしまった」

許されて幼馴染の背に近付くせつらがその紙を見ると、幼子の書いた字で主人への詫びの言葉が認められていた。

「あれは字を知らなくてね。15年前にぼくが教えたままの字しか書けなかった」

そう言いながら労わる様に紙を撫で、「ぼくが出たら此処を潰せと言い付けていた」と誰に聞かせる訳でも無いように呟いた。

「何故と、ずっと聞いていた」

「可哀想に」

「そうだな」

ぼくがすべきだったとひと言。先へ行く幻十の後に続き進むとやがて土の壇が見える。この家の総領が身を横たえる棺はそこにあった。

せつらを置いて壇を上がり、己の棺に触れる幼馴染が滲むように朧にひかる。

「せつら」

名を呼ぶ彼の瞳が紅い。

「せつら」

「浪蘭の誇る、深淵の闇」

この家の奥義に私を呼ぶか。そう問うせつらに幻十が笑んだ。

「この街で、君が行けぬ場所等無いだろう。魔界都市よ」

魔界都市よ。

そう呼び掛けられて差し出された手を取って「浪蘭の、総領自らの持て成しに、報いよう」と応えた者は。招かれて棺から続くこの家の深淵の闇に沈んだ者は。魔界都市よと呼びかけられたあの者は果たして誰であったのか。

ただひとつ、この日の夜から数日の間、魔界都市の夜は未だかつて無い程に静寂だったという。