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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

修復〔シオン ムウ〕

このエントリ、昨日書いてたんですが力尽きました。ので今続きを書いてます(´・ω・`)

うなぎでも食べに行こうかと同僚と話してたんですが、調べると恐かったのでやめました。行こうとしていたところのうな重は3000円なので国産だとは思う。いや国産だろ3000円って。しかし国産うなぎ。稚魚は中国産って場合が結構多いそうです。ていうか、稚魚仕入れてほんのちょっと日本の湖でちゃぽちゃぽしたら国産表記。あああ恐いよう源内さんも怒ってますよっ!中国産のうなぎ、ググるな危険カテゴリに入れてもいいと思う。

今日は朝からどうにも頭痛してました。暑いからかな。元々偏頭痛もちでしてバファリンとはもう長い付き合いなんですけどバファリンプレミアムが私には一番良いです。ロキソニンはどうも効かないんですよねー。なんといってもバファリスが可愛くて可愛くて。会社のPCにバファリスのスクリーンセイバー入れたいとシステムの人に言ったら「ダメw」って言われた。なんでだかわいいのに!あ、頭痛は夜には収まってました。でも駅の階段を普通に降りていて手すりを持っていた方の薬指の爪を折りまして久々に怪我で血を見たんですがちょっとぼやーっとしていたのかもしれません。むー(´・ω・`)

 

遭逢の話の中でにレリーフとかでっち上げてます。イメージはあれです。アテナを後ろ中心に88の聖闘士が集結しているあれあれ古代ギリシャ風にした感じ。そのあれが見当たらないんですけど…どこいった(´・ω・`)

 

そのあれですけど、アテナと88の聖闘士達の壮大なレリーフ教皇宮の広間の壁にあるんですって設定。けどそこには教皇は描かれていない。そんな小話を隣チームの校了日の惨劇を眺めながらつらつら考えてました。眺めるだけですええ。相互不干渉。

 

 * * *

  教皇宮の壁一面に施された装飾はここ聖域誕生の時期に、古代ギリシャの民より女神へ奉納された物と聞いている。これだけの大作なのに分割して作成されてはおらず、一枚の巨大な大理石の板だ。丁寧に彫り込み表された御主女神に集う88の星座は荘厳に、この教皇宮に威厳を与えているのだった。

「ほれ、お前は此処に」

 人の気配の消えた休息日。徒然に過ごす1日に養い子に付き合い宮を探索している私はふと立ち止まり、霊数の通りに並ぶ黄道12宮の一番目を指し示した。

一の宮。やがてお前がなるのだよ」

「はい」

 素直に返る返事に笑んで小さい身を背伸びして壁を見詰める子を抱き上げた。これは御主女神とそれに付き従う女神の我々が表されたもの、大切な聖域の宝であると言い聞かせると六歳になった養い子が「お師さまはどこに?」と問うてきた。

「私は此処にはおらぬもの」

 教皇とは女神不在の時代にこそ重役を担うもの。聖域が人々が女神の慈愛女神の権威を忘れぬ様に諭し示す。女神に代わり女神の則を繰り返し唱え続けるもの。それであれば、女神顕現を寿ぐこのレリーフに描かれぬ事は至極真当な事であると、女神の代行第一の近侍と言われはしてもその存在は決して数えられるものではないという事を理解するにはまだ、私の養い子には早いだろうか。

「どうしておらぬのです?」

「女神がいらっしゃる故に」

「女神がおられると、どうしてお師さまがいないのですか?」

 何とも聡い子は己が飲み込めねば飲み込めるまでこうして何度も問うてくるのだ。「お前の師は女神の代行、女神が居られれば教皇の為すべき仕事の大半は無いものだよ」と言っても「いやです」とひと言、決して肯る事は無かった。

 

 

「…とうとう壊れてしまったな」

 永くをこの聖域と共にあり、幾度の聖戦を見て来たであろうこのレリーフのひび割れ欠けた部分に手を触れて呟くと私の背をついて歩いていた養い子が「…私はこれがあまり好きではありません」と言った。「滅多な事を言うものでは無い」と嗜めても憮然とした面持ちで首をふるばかり。師として親としてこの子を諭さねばならぬと「お前は何故」と問うと「これは未完成か、或いは大きな欠陥があるのです」と言った。

「どこに」

「…聖域の長が無いではありませんか」

 教皇が我が師が描かれておらぬ、故にこれは未完か欠陥品であると、私の養い子が恐れも無しに平然と言う。その様子に暫し言葉も無い私は数秒の後、思わず声を上げて笑っていた。

「全くお前は」

「何をその様に笑うのです」

「幼い頃ではあるまいに」

 教皇など女神不在の代替品、女神顕現の時代に教皇に為すべき仕事等無いに等しいものを、もうその歳ならば理解もしようが?

「女神降臨を寿ぐこれには不要のものであるよ」

「これから修復を致すのでしょう?」

 大方我等修復の技をもつ者がその作業を担うなら、今からでも正せばよいのです。そうきっぱりと言い放した私の養い子私の愛弟子に「…お前に任せたらどの様な物に仕上がるのか知れぬ」と思う私は、これは己で腕を振るわねばならぬかと、仕事の段取りに今から頭を巡らすのだった。

 

 * * *