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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

弔花〔ムウ〕

弔花

 

 13年の間星見の丘で野晒しとなっていた真教皇の骨は、強風に飛ばされ岩に潰されそれでも残った極一部は静かに下ろされた。今は聖域の外れにある墓地にひっそりと埋葬されている。当時260の齢を数えた教皇は自らの寿命を見て近侍の者に埋葬の準備をさせていたらしく、既に開いた穴に軽い棺を埋めるだけの弔いの儀は、簡素に手間どる事もなかったそうだ。それがムウが人伝に聞いた教皇の結末だった。

 牡羊座の聖闘士が13年ぶりに聖域に戻った。一時期は聖域に仇為す者謀反者と蔑まれた一の宮は、七の宮と共に今では「真実を知る者」「一番に女神へ忠誠を誓った聖闘士」と言われている。まるでそれが誉れの様に。ムウはそれらを聞こえぬものの様に全てを黙殺し何かを発することも無い。女神同様13年を息を殺して過ごしてきたのだ。ムウにとってそれは至って容易い事だ。ただ偶然真実を知り得、偽りに膝を折る事を嫌った一途な聖闘士、といった顔をして今日も白羊宮に立っている。

 

 早朝に己の宮に佇む白羊宮の聖闘士は石段を下りてくる知己の気配に振り向いた。「通るぞ」と言い下りて行く金牛宮のアルデバランは片手に花を持っていた。ムウが「どちらへ。花等」と何の意図も無く心に浮かんだままに問い掛けるとアルデバランは己が持つ花を見て、それからムウの顔を見て「教皇へ」と言った。

「やっとお役目を終え星見の丘を下りられた。それを寿ぎに」

 静かに笑んでそれだけを言うとアルデバランは白羊宮を通り過ぎて行く。

 

 朝から霧の様な雨が降る日も己の宮の前に立つ白羊宮の聖闘士に声を掛ける者がいた。「通るぜ」とひと言。天蠍宮の主もまた、手に花を持っていた。「花をどうするのです」と小さく首を傾げ問うムウに「ようやく静かに眠られた方に。お慰めになればと思ってな」とミロは言い、どうだ?と花を見せてくるのだ。

「長く施政を布いた方と聞く。今はお静かにお休み頂きたいものだ」

 そう言い終えるとひとつ溜息を吐き、ミロは石段を下りて行く。

 

 数日続いている雨の朝も白羊宮の主はそこに立っている。ふと顔を上げ丘を見ると獅子宮の主もまた皆と同様に花を持ち雨の中を下りてくる。「こんな日に出掛けるとは」と声を掛けると「白銀の者達と約束をしたのだ」とアイオリアが呟いた。「酷い雨だが、この日を逃すと有志の面子が揃わぬのだよ」と水気を随分と含んだ花を気休めに振った。

「生憎と俺の兄は墓には入れなかった。我等の聖域の父には忠孝をつくしたい」

 雨の雫が顔を伝う事も厭わずにアイオリアは丘を下りて行く。

 

 雨が雷を伴って、まるで乱の後の聖域を洗い流すかの様だ。そんな日でも白羊宮の聖闘士は12の宮の門番として静かにそこに立っていると、己の名を小宇宙に呼び掛けられた。「ムウよ」と呼ぶのは天秤宮。先の聖戦を越えた後、女神より直接に勅命を受けた天秤宮の聖闘士は長く魔星の封印を見詰めていた。「女神も無事にご自身の聖域を取り戻された。そちらもそろそろ落ち着いてきた頃だろうか」そう言って温和の人柄が滲む声で小さく笑った。

「時にムウよ」

「何でございましょう。老師」

 聖域を離れた幼い頃から唯一親しんだ声にムウは素直に言葉を返す。聖域はここずっと雨ですが、これもまた恵みなのでしょうねと何心も無くそう話すムウに天秤座の聖闘士は「師の墓前には行っておるか」と問い掛けた。

「…師?」

「…ムウよ」

「そう言えば、皆が花を持ち丘を下りて行きます」

 長い勤めを終え今は静かに休まれた教皇猊下へ、少しでもお慰めになればと皆が花を。ムウはただ淡々と言葉を紡いだ。かつ、と向こうの空に光が走る。これが小宇宙の呼び掛けでなかったら会話も儘ならぬ程の雨足だった。

 暫くの間、雨の音を聞いていたムウに「この年寄りの頼みを聞いてくれるかの」と声が届いた。実は最近やっとあるべき所に埋葬された友がいる、その友は先の聖戦を己と共に越えた者、そして長い事聖域に施政を布いた者、その者へここを動けぬ年寄りの名代に花を届けてほしいのじゃ。

「白い花が良い。色が白ならなんでも良いよ」

 どうか頼まれてはくれまいか。そう言うのだ。