派遣先の朝は早い〔ドリーム あほ話:3〕
3.非営利団体サンクチュアリの午前2時
以上が、今私が箒片手に石畳をうろちょろしている経緯である。
「ふざけんなよくそ」
確かに私は引き篭もりの素質はあるよそんなこた他人に言われなくても知っている。
でもね?
「次にあの禿を見かけたらネット環境を要求してやる!絶対にだ!」
その引き篭もりもネットがあってこそなんだよ!休みの前日に食料酒飲み物買い込んで、大量のポトフ煮込んで酒片手に動画見たりどっかの掲示板に死ね役員とか書き込んだりポトフをカレーにクラスチェンジさせて食べたりしているうちに連休を振り返ると引き篭もってたっていう、いわば成り行きなんだつうの!あそこまで私を調べるんならここまで調べとけって話ですよ!
「何が財団だつうのほっんとつっかえねーな」
そう言いながらも指示通り午前2時から始めた清掃は二時間近く経ってもここの敷地の100分の1も終わってないのではなかろうか。馬鹿みたいに広い。いや、馬鹿なのは私か?なんで素直に箒握ってんだよ。伊達に新卒でブラック企業に勤めたわけじゃねえなていうか2時とか早朝なのか?
「早朝じゃねーよ!これ夜中じゃねーか!!!」
騙された!!!と此処に来て108回目に叫んだ所で、こつこつと足音が近付いてきた。
…………。
なんだかここにいる人達には会ってはいけない予感つうか虫の知らせ?警告が頭を過ぎった。だって勤務時間が2時ってことはだね、極力ここの者と会うなって事なんじゃないかと思うんですよ。そんな事見越して身を処する社畜ですよ笑えくそが。ていうかどうせ会ったところで新興宗教の信者しかもここにいるのはきっと上層部。嫌な予感しかしない。こっちに来るのかな?と耳をそばだてると、もう一つ、乱れた様な足音がしてくるのだ。これはちょっと本格的にヤバい。私はきょろきょろと辺りを見渡して、ふと石の扉がある事に気が付いた。開くかな開いてくれと思い押したり引いたりしてみると扉は、ぎ、ぎ、ぎと嫌な音を立てて動いたのだ。しょうがない。此処に隠れてやり過ごそうかと思い、するり中の暗闇に潜んだ。隠れ終わるとほぼ同時に、その足音が今まで掃除をしていた広間に入ってきたのがわかる。
「…落ち着かないか!」
「どの口がそれを言う!」
「誤解だ!その様な意図等」
「ならばその赤く染まった服は何だというのか!」
何やら言い合っている。新興宗教の派閥争いかも知れない。赤く染まった服は何だといえばそんなもの、洗脳が解け脱退しようとした信者を拷問していた時の返り血以外に無い。では後から追ってきた人は妄信的な信者を切り刻んで性的な愉悦を楽しむ変態導師とかだろ。それを見てしまった導師の同僚はきっと純真無垢の信者で、その悪行を告発しようとしているけど、実は教団全体が極マゾ変態集団で信者を毎夜こうして餌食にして楽しんだりしているに違いない。…マズい!これは死人が出るパターンだ!そしてその死体は私が片付けるのか?嫌だよそんなの死体遺棄じゃねーか!どうする?ここはひとつ「私のために喧嘩はやめて!!」とか叫んで飛び込んでみるか?いやいやいやそれじゃあ自分が死体になるわちょっとまて自分。ていうかこれだけ変態教団なら死体好きが1人や5人や60人はいるはずなんで私の出番は無いなと思った。いやそうじゃなくて。
………なにやってんだろ?
足元を見ると薄っすらと光が差し込んでいる。もしかして隙間があるのでは無いだろうか。私は石畳にへばりつく様にしてそろりと扉の向こうを覗いた。気分は市原悦子である。知らない人はggrks。
…白に近い裾が揺れ動いている。ちらちら見えるくるぶしから足にはサンダルみたいなのを履いている。どうやらもう1人もそんな感じの服を着ている様だ。逃げて追ってを繰り返している。なにしてんだ押しが弱いな殺るならとっととこう手際よくしないかと手に汗を握りながらその攻防戦を見守っているとがたり!と頭上で、正確には扉の向こうで大きな音がした。
「…ん…」
息を詰まらせた様な吐息。身動きが止んだ気配。
「………あ…」
「…君はいつも、私を苦しめるのだから」
「…息が……。苦しいのは、私の方だ」
「閉じないで。その、青い貴石の瞳を隠さないで」
「………。」
どうやら勝負はあった様だ。首絞められて。かわいそうに変な教祖に騙されてこんな辺鄙な場所に来て、教団の闇を見てしまったばっかりに若い命を散らせたのである。やはり宗教をやるなら教祖になれっていう我が家の家訓は正しかったありがとう先祖。
そう思い、私は重い扉の向こうの闇の中でそっと手を合わせたのだった。ほんとかわいそう。日本からつれて来られて死ぬなんて。ていうか日本語だったよな今の。