派遣先の朝は早い〔ドリーム あほ話:2〕
「ちょ!!!助けて!!!!」
16回目のコールでやっと出た20年来の、私が知りうる中で最強に金持ちの家に生まれ最強にケチな親友(親友?)に私は喉が潰れんばかりに叫んでいた。この年月にこの人におごってもらったのは箱根そばてんぷら付きの一度限りである。座右の銘は「ケチじゃない金持ちなどいない」というか、何で出ねえんだよ!!3コール以内に出るのは会社の常識じゃん?!と言うと「何で毎回毎回コレクトコールでかけて来るヤツの電話に出てやらなきゃなんないんだよ。今回出たのだって奇跡と思ってくれていい」と言い返された。
「いやだって金かかるし。てかおい!切んな!」
「私が知りうる最高に嫌なやつだよアンタ。御用件は?仕事中なんだけど?」
「仕事してたか?そういやこの前原油買うとか、いやそうじゃなくて」
そう用件だ。こいつの原油の話してる場合じゃない。私はここ数日の経緯を急ぎ話し始めた。あのクソ会社辞めた事は知ってるよね?はあ?メールしたじゃん。え?ここ数ヶ月しね取締とか内容同じだし開きもせず即ゴミ箱行き?お前こそしねよ、ってあんたがしんでる場合じゃないんだまあ聞け、人材派遣会社に登録しててさ、そこから何通も紹介メールが着たんだけど派遣先がうさんくさいところだったんだけど、休みも三日続くと退屈じゃん?いや退屈だろ?アタマおかしい?今更なんだよ。それでまあ冷やかすかと思って説明受けに行ったんだよ、何処にって派遣先、企業名は非営利団体サンクチュアリ。…おい、何笑ってんの?うさんくさいのは百も承知だつうの!笑い話じゃねーんだよ!冷やかすだけだった筈なのにあれよあれよとハゲに話をはぐらかされて誘導されてさ。あ、ハゲって人事担当だとかいう竹刀片手に持ったスーツ姿のハゲの辰巳だよ辰巳、え?知らない?何で知らないのよ情弱だな、で気付いたら飛行機。チャーターでしたよすごいねご飯すごかった。ていうかメシの話しじゃないんだ場所は明かせないとかハゲが言いやがってここが何処だかわかんないんだけどね。十時間以上は乗ってたかな。え?今見える風景?なんか遺跡みたいなぼろっぼろな白い柱とか立ってる丘で、昔美術の教科書にあった様な像が立ってるよ。なんだっけ、なんか神様?っておい!ちょ切るな切るなって!!!
プツ。
「切りやがった!!!」
私は怒りでスマホを地面に叩きつけた。叩き付けた先は地面じゃなくて石畳だった。液晶が見事に蜘蛛の巣になった。
「くそう!!!友達甲斐のねえヤツ!禿げろ!!禿げる呪いかけたからな!くそが!」
「…ハゲ?」
辰巳?!ハゲが戻ってきやがった!!!!くそう席を外した隙に逃げようと思ってたのにアホに電話してたら隙逃したよ。そう地団駄を踏む私をハゲ(辰巳)は怪訝そうな顔をして見詰めながら「…まあ、いい。さて君の明日からの仕事だが」と言った。
「いやいやいやいや!宗教と政治の話はダメ!絶対!!って昔からネットの世界じゃあ言われてますし!」
「我々はどこぞの怪しい新興宗教等では無いと何度も説明したはずだが」
「いやいやいやいや!不良になるなら番長になれヤクザやるなら組長になれ宗教やるなら教祖になれって言うのがウチの家訓っていうか生憎番長にも組長にも教祖にも興味が無いって言うかつまり無神論者なんです!」
「…番長でも組長でも教祖でも無くて、君の仕事は清掃員です」
真顔で返された。そして「清掃員が何の神を信じようと信じまいとどうでもよい」とも言い「さて、君の明日からの業務内容を話そう。あ、その前に注意事項を述べておくのでこれは守るように」と言った。
①契約期間は半年。その後の継続は君の勤務態度や素行次第
②勤務先の場所はくれぐれも他言無用。契約期間中の外部への連絡は基本禁止
③業務内容はこの遺跡群の丘の清掃。勤務時間はAM二時から四時の間。それ以外の時間にこの丘に近付く事は厳禁
④業務以外の時間はこちらが許可した区域のみ自由行動を許可する
「…まあ、その辺りを守ってくれれば日給1万8千円+秘守手当てだ」
「…あの、ちょっと質問いいですかね」
「許す。但し一言だけ」
ひと言?!こちとら聞きたい事が沢山あるんだひと言ですむか?!と思いながら、ひと言だけだとして何を一番聞くべきかを思案しだす辺り、伊達にブラック企業に数十年居たわけじゃない社畜なめんな!と誰に憤る訳でもなく思った。
「…えーと、ですね。なんで私なんですかね?」
思うだろう?ここまで無理やりに事を進められたら。どこで目を付けられたんだか、どうして自分に白羽の矢が立てられたのか。私は派遣の登録をする際に清掃員を希望してはいないのだ!「なんでですかね?」と問う私にハゲ(辰巳)は手持ち無沙汰に竹刀を弄びつつこう言った。
「友人が少ない上ろくな人間関係を築いていなく、半年くらい余裕で誰とも話さず引き篭もれる素質があり、休日が続くと労働したくなる位のワーカホリックさが最適であると我がグラード財団調査部の調査結果が出ていたから」
…………。
コイツにも得意の禿げる呪いを三回ほど唱えたところで、もう既にコイツは禿げだった事を思いだした私であった。
* * *