憂悶2〔ミロカミュ とサガとロス〕
前回のお話はコチラ↓
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「好きな人がいる」
部屋に招き入れられて、椅子に座り紅茶を受け取ったところでミロが単刀直入に言った。思い切って言うと相手は男。今までは傍に居られれば良いと思っていたが、一度相手の死に目を見て、次に敵と化した相手と死闘を演じて最後はお互いに死んだと思ったら生き返った。そうして今では思いが募るばかりで夜も眠れない。どうしたらいい?
なんともあけすけな問い掛けに目を丸くするサガはミロの相手を瞬時に察した。これでは匿名も何もありはしない。この後輩の想い人は1人。氷を操る赤い貴石の髪を持つ聖闘士で、聖戦では己と共に闇の衣を纏ってこの12宮の丘を駆け上った盟友か。
「ミロよ、そこまで気持ちが固まっているのなら、話す相手が違うのではないか?」
本人に打ち明けるのが良いのではないかと首を傾げて整然とサガが言う。いや、確かにそうなんだ。そうなんだけどとミロが続ける。
「貴方は、その、どう思う?」
幼馴染で、一度は敵味方に分かれて本気で討とうとした。生き返った今は昔の様に付き合ってはいるけれど。そもそも同性。それについて貴方の考えを聞かせて欲しい。俺は、どこかおかしいのだろうか?こうして生き返った時に、どこか頭でも強く打っておかしくなったのだろうか?真剣な目をして食い下がる後輩をサガは静かに見詰めていた。己はただひとりの肉親を海の牢に閉じ殺したも同然な事を仕出かした。聖域の父を殺し、一番に慕った親友を貶め、なにより御主女神の現世の命を狙った謀反人であるとサガは思っている。自身の名のついた乱は別人格故、冥界の干渉故と少なくても12聖宮の仲間は知っているが、その様なこと理由にはならぬ。全ては己の脆弱さが招いた事。未だこの身に沈む黒い人格も己が生み出した己自身。己は女神の召還により生き返ったが、多くの人を殺めた事実は消えぬ。そんな自分にかつての仲間がこうして打ち明けて話してくれるなど、もう二度と無いものと思っていた。こんな自分を信じ慕ってくれるなど。それに報いる為にも真剣に真摯に応えねばならぬ。
「人を想い乞う事に善も悪も無い」
そこにあるのは、その想いが通じるか否かだと思っている。しっかりとミロの目を見詰めサガは言う。これが世の中に相容れないものだとしても。好きな者しか、好きにはなれぬ。欲しい者しか、いらぬ。
「その、相手がどの様な価値観をもつか、今一度様子を見てみたらよい。そして、無理強いはせぬ事だ」
「…無理強い、か」
むづかしいな…とミロは苦笑する。この想いが世に必ずしも受け入れられるものとは思ってはいない。差し出した手を振り払われた時、自分はどうするだろう。嫌悪に歪む親友の顔を見てしまった後、自分は…。今更ながら最悪の未来を思い深いため息を吐いたミロだった。
「珍しい来客だね」
その声に振り向くと我が聖域の誇る英雄が法衣姿もすっきりとそこに立っていた。ノックをしても気付かないようだったからと笑う。
「アイオロス」
「君に書類を預かってきた。サガ」
ああ、すまないとその書類を受け取る。その様子をまじまじと眺めるミロだった。いい機会だからアイオロスにも聞いてみようかと思い、声をかけた。先ほどサガにした話をダイジェクトに話し、貴方ならどう思うと問うた。そのアイオロスの答えもまた明朗だった。
「好きなものは好きだ」
美しいものは美しい。欲しい者は欲しい。
「私なら誠心誠意言葉を重ね想いを伝えるよ」
「…アイオロス。我らギリシャの者と他国はちがうぞ」
ギリシャは古代には同性を愛でる文化が確かにあった。そして今なお古い様式を固持する聖域に育った者とは違うのだとサガは言う。そう?とアイオロスは笑み小首を傾げた。
「では、君の事例ではもう少し相手を見て、知ったほうが良いのかな」
「そうだなあ…」
「何、カミュだってここに長いじゃないか。受け入れるかは分からぬが、理解はしようよ」
「ロス!」
「何でわかったんだ?!」
「「えっ?」」
「えっ?」
あれほどあからさまに話していたから、察してくれという事かと思っていた二人だった。名を出さないのはサガの気遣いであったのだ。
「…むう。でもまあ、話は早い。なあアイオロスどう思う?」
カミュの事と、ミロはばれたらばれたで真剣な目を向けてくる。アイオロスは、ははと笑った。
「我々にこうなのなら、もう既にカミュに知れてるのではないか?」
「マジか?!」
「…アイオロス!根拠の無い事を言ってはいけない」
とにかく、今日のところは落ち着いて。相手をしばらく見ている事だとサガに言われ、そうだなあとミロが呟いた。あ、ところで。
「2人はどうなんだ?」
「どう?」
「付き合っていると噂だ」
「はは、どうだろうなあ」
仲はいいよ?なあ、サガ、とはぐらかされてしまった。むう。ずるいではないかとミロがふて腐れるのを見て大きな溜息をついたサガだった。
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