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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

真白

 

 

 

「女神よ」

 教皇シオンに呼ばれ、正に神殿を発とうとしていた女神沙織が振り向いた。畏れながら、お願いしたき事がございますと言う。もう何だろう?折角楽しく出掛けようとしていたのに。全く先代の自分を知る者達は堅苦しいのだと沙織は思う。あの童虎でさえ私には口煩いのです、と何時ぞや星矢達に愚痴をこぼしたものだ。

「何です」

 その声に、御気色優れずとはすぐに察せられるところだが、こちらも事、次世代にかかわるのだと潔い。すと顔を上げ、女神を見詰め言った。

「あまり貴鬼を、連れて歩いてくださいますな」

 シオンの言うところはこうである。
我等修復に従事する者の継が御主アテナの覚えめでたき事、誠に喜ばしい有難き事と、感謝の念が絶えぬとこの身にもしみじみと。今は我が一族、力無き不甲斐の無い有様で、修復の継承等、女神にはさぞご不安の事と、その事は重々承知いたしておりましてございますれば、わたくしめがまず第一にお詫び申し上げ、必ずや復興せしめる事、誓うところでございます。して、あの継でございますが、あれはまだまだ未熟者。やらねばならぬ事とて多く御座います。本日とて何やらぱーてぃ、なる物にお声掛け頂き恐悦至極にございますが、やはりここは。幼き故、易きにも流れてしまう有様でございます。修行第一、練成第一と、まずは叩き込まねばなりません。この事、何度ぞお聞き入れ頂きますよう。

 そう言われ、む、と思う沙織の顔はすっかり財閥の御嬢様であった。何を長々と。要するに、修行の邪魔はしてくれるなと、12文字で済むではないか。甘やかすなと5文字で済むではないか。先日だって城戸邸で星矢達と貴鬼も呼んでクリスマスパーティをすると言ったら小一時間ほどこんこんと諭されたのだ。貴女様はここ聖域の御主、オリュンポス12神の御1柱がその様な。異教徒の政をと。この教皇は本当に、政ではなくて祭ですと何度言ってもわからない堅物なのである。むむ、とさらに口を尖らせる13才の沙織であった。

「つまり、貴鬼を甘やかさない様にと言うことなのでしょう?」
「御理解頂き、誠に有難き事です」

 あれの師も、あれの甘えに手を焼いておりますゆえ、と言う。なんだこの人は、結局そこなのだと沙織は思う。

「貴方も相当、弟子には甘いと聞いております」
「わたくしめはあれには7つで小宇宙悟らせ、第七感へも導きましてございますよ」

 さらに修復の基礎さえその歳で。このシオンが。とそう言うのである。結局ドヤ顔で愛弟子自慢じゃないですかと沙織に言われ、どやがおとは何ですかな?と真顔で聞いてくるのだ。はぁ、と大きな溜息を吐き童虎にでもお聞きなさい、と一言置いて沙織は城戸邸に発っていったのだった。



*



 さて、白羊宮のあれの1人は悩んでいた。
先日幼い弟子が、さおりさんにパーティにさそわれたのですと言うのである。

「貴鬼、御主女神、アテナとお呼びなさいと何度も言った」
「あっ…!」

 もうしわけありません…と小さい肩を更に縮ませ目を潤ませる。パーティとは何の祝いかと問うと、クリスマスだと言う。ああ、あれかと若き師は心当たりに思い至る。基督なる神の事は知らぬが世界的に祝われる祭という事は聞き及んでいる。オリュンポス12神のお一人であられるパレスアテナがクリスマス等異教の政を催す等、嘆かわしい。長生きなどするものではないのだな。などと、長生きにも程がある我が師シオンがこぼしておられた、あれか。

「星矢たちもいるんだよ!紫龍もくるといっていました!」

 師の機嫌は己の味方ではない事をひしひし感じる貴鬼は一生懸命訴える。星の子学園の子らにも会えます!じわり、貴鬼の大きな目に涙が滲む。ムウは、はぁ、と大きく溜息をついた。
 女神が貴鬼を手元に呼んで可愛がって下さる理由を知っている。女神の聖域帰還までの間、私や老師の女神への使いを良く勤めてくれた事。海王との戦では動けぬ黄金の代わりに幼ながらに海の底まで行った事。聖戦で師を亡くしそれでも気丈に星矢の姉を守り女神勝利を信じ抜いた事。そして全てが済んで、師が戻らぬ事を思い白羊宮の影で独り泣きじゃくっていた貴鬼を知り、女神の心が切なく揺さぶられた事。その女神の貴鬼への慈しみを私が無下にして良いものだろうか。我が師からは何たる甘え師の怠慢と叱責を受けるだろうが、仕様がない。

「行っても良い」

 その代わり戻ってからはまた厳しくお前に仕込むのだから覚悟しなさい、と釘を刺す。そんな若き師に満面の笑みで応えて城戸邸へ向かう弟子を見送って、ムウはもう一度深い溜息をついて、我が師対策に思考を巡らすのだった。


*



 寒波の到来で城戸邸は夕方からさらさらと雪が舞っていた。
広い庭の木々には光が煌めいて幼い貴鬼を出迎えていた。

「貴鬼、これも向こうに運んでくれる?」

 瞬の声にキッチンとリビングを行ったり来たりの貴鬼は、初めて見る料理にお菓子に夢中だった。すごくおいしそうなお肉とか、もりもりの野菜とか、チーズとかハム。フライドポテト、とかいうものや白い魚の焼いたのに何かがかかってるものとか。何よりも貴鬼の目を惹いて止まないのは真白で赤い実がふんだんに乗った甘い匂いがたまらないケーキだった。こんなものムウさまと二人きりだった塔での暮らしには無かった。塔ではいつも少しの野菜のスープと干し肉と、硬いパンと…。

「貴鬼、いらっしゃいな」

 アテナは優しげなニットのワンピースをふうわりと着こなして貴鬼を呼ぶ。今日は無礼講とばかり、青銅のめいめいがソファやクッションを陣取りコップを片手に和み出す。あったかい沙織の横でアテナと呼ぶと、沙織でいいと沙織が笑う。昼間は星の子学園のみんなと一緒に遊んだよ!おやつにはかわいいケーキがでたよ!にこにこと一生懸命話し出す貴鬼が可愛らしい。今日は来られてよかったねと瞬が言った。

「私も聖域を立つ時にシオンにお小言もらいましたよ」
「えっ?!さおり…アテナさまがシオンさまに?」
「そうなのです。先の世代からの者達は頭が固くて」

 アテナと呼び直す貴鬼に沙織は困った様に笑って言った。シオンさまだって教皇だしそりゃあえらいけど。その話に貴鬼は小さい首を傾げる。でもアテナさまのほうがもっともっとえらいのでしょう?

「そうねぇ…たしかに私はアテナですけれど」

 私は聖域の外で育ったのでお爺様が私の親とも言える方ですけれど、もし聖域で育っていたら、シオンこそが私の育ての親になるのでしょうねと言う沙織に青銅達がそう言えばそうかという顔をした。

「あのシオンがお嬢さんの」
「さぞスパルタ教育だろうなあ」
「ムウの修行も、周囲が止めに入る程の厳しさだったと老師から伺った」
「ていうか今の黄金て、7才で聖衣もらったんだろ?」

 もうあの人達は人じゃないよね!ていうか何なの!と3人が声を揃え、さすが我が師カミュ。俺などやはりまだまだ足元にも及ばぬ。と1人が呟いた。

「貴鬼、やっぱりムウも厳しいのか?」
「ムウには早いうちからお世話になったけど」
「でもイマイチわかんねえヤツだよなあ」

 俺笑ったところみたことねえもん。肉の切れ端をフォークに持って言う星矢にそうだなあと口々に同意の声が上がる。貴鬼はええっ?!と驚いてそんな事ないよと言い募った。ムウさまはそりゃあ修行は厳しいよ。修復の時だって言われたようにできなかったら何時間だってゆるしてくれないよ。でもそれができたらムウさまはよくやりましたって言ってくれるよ笑ってくれるよ!必死に師を庇う貴鬼の姿にごめんごめんと星矢が言って紫龍が貴鬼の頭をくしゃりと撫でた。

「ムウさまと二人っきりだったときはこんなごちそうなかったけど…」

 あったかい時には麓まで木の実とか一緒に取りにいったし、たまに甘いおかしがあると必ず最初においらにくれるんだ。塔は寒かったけどムウさまはいつもあったかいし、いっつもおいら一緒にいたよ…。言うにつれ、じわり貴鬼の目に涙が浮かぶ。

「ムウさまがもどってきて、よかっ…」

 堪え切れずぽろぽろと涙が落ちる貴鬼を沙織もその瞳を潤ませ抱き締めた。
聖戦が終わり、一度は死んだ12聖宮の甦りを願ったのは他の誰でもない沙織だった。完全な神格を持つ己だけ冥界から戻っても12聖宮の誰もいない聖域…。ああ、私は幾度もこれを繰り返して…。ここに生を受ける度にこの寂寥を覚悟して…。この聖戦では皆の尽力で冥王消滅の結果になり、神代からの理が崩れる事を憂いた我が父の計らいで双方復活となったのだったが果たして。私の願いは叶ったが、彼らは果たして復活を喜んでいるだろうか。終戦から暫く経ったが未だ沙織の不安は拭えないのだった。そんな沙織に貴鬼が言うのである。ムウさまが戻ってきてよかったと。本当にうれしいと。沙織にはそれがとても救いとなっているのだった。

「貴鬼、ムウは私に初めて忠誠を誓ってくれた人なのですよ」

 沙織が貴鬼のクセのある髪を撫でながらその胸に抱き寄せやさしくあの頃を話し出す。知らぬ当時の物語に星矢達も興味深げに耳を傾けた。聖域を出た日。自身はまだ小さくて、自身を助け瀕死だった射手座はそのまま息を引き取った。お爺様の庇護の元、隠されながら育ちやがてアテナの自覚が芽生えても、ただの1人も寄り添い従う聖闘士はいなかったのであった。ある日、牡羊座の聖闘士が現れるまで。

「五老峰の老師の使いだと言って私の元へ訪ねてくれたのがムウなのです」
 
 とても嬉しくて、今でもムウをとても信じているし、いてくれて私もとても嬉しいのよ。
沙織の話を真剣に、涙で濡れた目を大きく見開いて聞いていた貴鬼の胸は嬉しさにいっぱいになっていた。アテナがムウさまを信用してるって!ムウさまがいて嬉しいって!すごいや!やっぱりムウさまはいちばんの聖闘士なのだ!

 ムウさますごいや!と喜ぶ貴鬼に瞬がケーキを持ってきてくれた。真っ白でぴかぴかの赤い実がいっぱいの丸くて大きなケーキ。塔では見たことの無かったもの。電気を消すぞ!と氷河が言ってパチリ、部屋が暗くなるとテーブルに置かれたろうそくの炎と庭の木々が温かな光に揺れている。

「メリークリスマス!」

 もう一度ジュースで乾杯。来年もまた皆でこうして過ごせますようにと紫龍が言って、沙織は来年のクリスマスは聖域にツリーを飾るべく、あの堅物石頭対策に思考を巡らすのだった。



*



 聖域の夜も冷たい冬の空気にひやりと白くなっていた。
我が師の対策を考えていたムウは結局どのテもあの師には不適格だと諦めて、今日の宵のうちに叱責を受けておこうと教皇宮目指して歩いていたら、珍しく天秤宮の主が宮にいたのだった。あれは僥倖であったとムウはほっと息をつく。結局は師の旧友が様々な話から師を黙らせてくれたのだった。

 女神の聖域帰還までの貴鬼の働きは立派であったのじゃぞ。
 女神が貴鬼を可愛く思うのは仕方があるまいよ。
 何、修行なら、このムウがおるのじゃ。心配無用よ。お主の弟子は優れものぞ。
 なんせお主の全てを継いだ唯一の、弟子ではないか。

 そう言って、かかと笑ってあの師の叱責を終わらせてしまう等、さすが老師と言うべきか。やはりあのお二人は、先の聖戦を越え長きを互いに支えあった友情厚いお二人なのだ。そう思い、ふと気配に気付いて外を見るとちらちらと白いものが舞っている。ああ、どうりで寒いと思ったら。ムウはそっと外に出て二歩三歩、己の宮を行き、立ち止まった。

「貴鬼」

 白羊宮の下、12宮の丘の結界の外にすとん、と夜の闇に表れるのは幼い己の弟子だった。今宵はアテナの城戸邸で過ごし戻らぬはずではなかったか。突然に名を呼ばれどきりと飛び上がった貴鬼である。

「お前、戻ったのか」

 ムウさま!と名を呼び走り来る幼い弟子をその勢いで抱きとめその頬を手のひらで包む。どうしたのだ?と聞いても貴鬼は答えない。どうしても、会いたくなって帰って来てしまったなんて言えなかった。ただもじもじと、手に持った小さな箱を差し出した。

「いっしょに食べようと思って」

 アテナさまがぜひといって持たせてくれました、と満面の笑みで言う。見ると箱の中には真っ白で赤いベリーの類がふんだんに盛られたケーキが3つ、入っている。3つ…とムウは小さく首を傾げて考えて、ふと12宮の丘の上を見る。あの方はまだ起きているだろうか。これを見て、このような異教のとお叱りになるだろうか。

「貴鬼、これから二人でお小言をいただきに上がりましょうか?」
「はいっムウさま」

 そう言って幼い弟子の手を取って、先ほど戻った12宮の石段を今度は二人で上がるのだった。