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黄金聖闘士二次創作とたまにたわごと。ほとんど腐。羊師弟と兄さん's傾向。最近メモ化。お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです。

日々是好日

 

 

女神の大いなる加護と慈悲に包み込まれた聖域に張り巡られた、厳格かつ強大な結界は13年を経て復活した真教皇の仕業だった。これは代々教皇のみに引き継がれる秘技のひとつである。特に教皇の間、女神神殿を取り囲むように並ぶ黄道12聖宮は聖域守護の最後の要として女神・教皇の結界が隅々まで巡らされていた。

「心強い中にも、身が引き締まる思いがするな」
「これが聖域の本来の姿なのだろうな」

 そろそろ聖域も冬本番かと思う青天の寒さと、正式に即位していない教皇が統治した13年間には無かった聖域の気配に、聖戦後女神の慈悲を受け復活を遂げた12聖宮の主たちが口々に言う。そんな中…

「君は本当に己の師が好きなのだな」

 そう話しかけられた白羊宮の主は「は?」といった表情で処女宮の旧友を振り返った。

「なんなのだ?いきなり…」
「皆が身が引き締まるだの緊張するだの言ってるが君はすっかり安心しきった顔をしている」

 そんな事で黄道第1の宮を守れるのかね?しっかりしたまえよ。と続く。そんな会話が耳に入ったのか、聖域の英雄である人馬宮の主がはは、と笑った。

「そう言うなシャカ。ムウにしてみれば、己の生家に帰った気分なのだろう」

 聖域に流れる気配。御主女神の代理としてここを統治する者の小宇宙は確かに昔、身近で慣れ親しんだものだけれども。そんなに気の抜けた顔をしていたのかとムウは自分の頬に手を触れる。

「前の聖戦の後、お1人で聖域を復興された猊下は200年以上ご自身の継を待っておられた」

 ムウを見出した時の、猊下のお喜びは本当に大きいものだったと聞く。早々にご自身のお手元に引き取られたほどだと。アイオロスの話に興味を引かれたのか、先頭を行っていたミロとアイオリアがなんだなんだと顔を出す。

教皇と言えば、怖い思い出しかないぞ」
「二人でよく叱られたものだ。」
「それは君達が遊びに夢中でいつもいつもきまりを守らないからだろう」
「…思い出話は、もうそれで…」

 珍しく戸惑いの表情を見せる幼なじみにその場のものが皆笑う。
まあ、よいではないか。皆こうやって打ち揃い、話が出来るなど、夢のようだ。そう言って朗らかに笑ってみせる。年少組の面倒を良く見て穏やかな空気を主導するのは昔もそして今でもこの年長者であるアイオロスだった。

「ムウ、これから上へ上がるのだろう?」

 今日は師の身の回りをみる日かと訊くアイオロスに、はいと答える。そう言えば色々と仰せ付かっていた事もあったと、ムウはその準備の為、皆と別れ己の宮へ足を向けた。

 

*

 

確かに己は大抵の者より早い歳にここに来たのだろう。そんな事をふと思うのは先程の友との会話があったからか、この身に馴染む己の師の小宇宙のせいか。ムウは数少ない記憶をだどる。幼い日は、教皇に養い子などが居るとは隠されていたから、殆ど人とも会わず育ったのだ。唯一、師だけがいつでも側にいた。お前はこの面さえ怖がった事が無かったとは師の言葉だったと思い、ふと上を見る。
 澄んだ空は高く、己が上るは12の宮か、それともこの空か。未だ夢に見る石段は暗く、行っても行っても先は無くたどり着けないものなのに。しかし師と多少は打ち解けた今は、この石段も明るい空へ続く様だと見ることが出来る。今日の様に。
 そんな事を思いながら、主のいる宮は声をかけ不在ならそのまま通り過ぎ、やがて教皇の間の奥、師の常の住まいに入る。すと寒さが緩み一息をついた。その部屋の主は居間の長椅子にゆったりと座っている。するりと長い法衣は略式の白。その裾を綺麗に捌く足先に弟子は一瞬視線を奪われた。

「惚けた顔を」

 本日二度目の指摘であった。気がつくと師の目がこちらを見ている。取り繕う間も無く笑われて、この人の前でもこの有様だとムウは己に苦笑がもれる。この人には仕様がない、今更だとそのあたりの事は先日諦めたのだった。

 あれをお持ちしました、これを足しておきますと一時を仕事に費やしたところで師に呼ばれ近付いた。手に四角い厚紙の様な物を持っている。なんですか?と問うと、レコードだと返された。

「レコード?」

 見ると何やらクラシックと言う種類の音楽らしい。ムウははて?と首を傾げた。ここでその様な物を聴いた事があっただろうか。首を巡らし探してみたが機器らしき物も無い。いや、昔はあっただろうか?

「私の持ち物ではないよ」

 これはあの、双子座の片割れ。下の方にやった物だと師が言った。

「たしかあの者が10か11か、そこらの頃だろう」
「……」

 何と無く聞き捨てならぬ気分になった。経緯が知りたい様な、そうですかとそれきりにしたい話の様な。その弟子の様子が可笑しくて、師はふと笑んで言う。

「返してやれ」
「…私がですか?」

 ご自分でどうぞ。そう言いながらそっぽを向いた愛弟子にますます笑んだ。やきもちか?と問われ、それで結構ですと答える迄には、この弟子の心も再び己に開いてきたのだろうかとシオンは思う。

「双子の上が持ち込んだのだろうよ」

 大方弟の形見とも思ったか。すでにここに機器は無く、それでも身から離せなんだか。その様子を思い、それこそがこれを受け取った者がこれを大事にしていた証かと。しかし、はて?どの様な経緯でやったのだっただろうか。

「行ってこい」

 年寄りに寒い中を歩かせるなと押し付けられた。全くこの師といい、廬山の虎といい、何時まで年寄りと言い張るのだろうとムウは思う。

「…どちらに返しましょうや」
「どちらでもよいだろうよ」

 お前が戻るまでには、お前が何時ぞや読みたがっていた本を出しておいてやると言う師の言葉に丸め込まれ、解せぬと言う顔をして弟子は使いに部屋を出た。

 

*

 

 解せぬ。
と言うか、気に入らぬ。あの師がこれを。どうも下賜と言った類のものではなさそうだ。私的なそれが尚更ムウには気に入らぬ。それでも押し付けられた物を持ち、師の住まいを出て昼も薄暗い冷えた石畳の廊を行く。さてどうしたものかと思うより先、法衣を纏う金の双子の片方がいた。

「カノン」

 必要以上に声が響かぬ様に呼んだ。呼ばれた方はムウを見て不思議な事もあるものだと言いたげに視線をよこす。珍しい奴に声を掛けられるものだなと笑った。

「お前は間違えぬ」

 そう首を傾げてカノンが言った。ムウは何を?と一瞬考えて、ああ、双子の兄と間違えぬかと言われた事を悟る。そう言えばあまり迷ったことも無い。金の髪がふわりとはねる様。瞳の色。表情が無ければ聖域外の者には区別は付かぬだろう。声だって同じなのだ。しかし。だって。やはり違う。例えば、上は幾重にも正しく仕舞い込まれた、滅多に耳には出来ぬ整えられた天上の音だとしたら、下は絶妙な乱惰をもった、仕舞おうとして片付けきれぬ堕天の揺らぎ。ならばこちらは下の方だ。そう思い相手をじっと見ていると、修復師の慧眼かとカノンが言った。

「ところで、これを憶えておいでか?」

 ムウがそっと差し出した四角い紙はレコードが入ったジャケット。それを見た青い目がふと見開かれ、みるみる細まる様をムウはやはり気に入らぬ思いでつらつらと眺めている。どうしたんだ?と問われ仕方なく訳を話した。

教皇の間に?」
「師はそのように言っておられた」
「どうして」
「さぁ、それは」

 言葉を濁したのは嫉妬の八つ当たりだと当のムウにも判っていた。大方双子の上がと言っていた師の言葉を言わない理由。どうせ少し考えれば辿り着くのだろうが。カノンもきっとそう気が付いたのだろう。ふと笑んだその緩やかな目につい絆された。先刻まで厭わしい使いと思っていたが、これはこれで良かったのだという気分にムウも小さく笑った。

「ムウ、プレーヤーに心当たりはあるか?」
「…いいえ…」

 誰か持ってそうなやつはいないか、とカノンの目がすと細まった。

 

*

 

「…で、うちか」
「なんだ、無いのか」

 教皇の間を出て広間を過ぎて丘を下りるとそこはこの冬でも薔薇咲き乱れる12番目の宮。聖闘士88の中で1の美貌を誇ると言われる双魚宮の主が珍しい二人を出迎えていた。ぐるり薔薇園を見渡して、持ってるだろうと思っていたのにがっかりだ、とカノンが笑う。
 ムウとカノン。どういう繋がりなのだろうか。サガとムウなら仇の間柄だというのは知っている。もう一つ、似た様な間柄はあの兄弟とだが、13年を過ぎ甦ってみたらアイオロスはサガにあの調子。その弟は兄の薫陶が良いのか表立って態度には出さぬ。いや、兄がああでは弟も仇に怒りを持ち続けるのが馬鹿馬鹿しく思ったに違いないな。多分今の12聖宮で一番蟠りが残るのはサガとムウだ。しかしカノンとは?
 まあ、座りなよと自慢の薔薇が良く見えるテラスの椅子を勧めると、アフロディーテは記憶を辿る。たしか、あれは…。

-シュラ

 その心当たりを小宇宙で呼んで尋ねたら返事があった。

-ああ、蓄音機?
-…シュラ…レコードプレーヤーと言ってくれないか?
-いや、だって。この宮の奥の部屋に埃をかぶってるあれのことだろう?

 俺の先代なら、教皇の同僚か、その以前ならもう先代と言うより歴史の人物だ。歴代の誰かの持ち物だろうとシュラが言う。まあ、いいか。動くならと双魚宮の主がため息をつく。ちらり来客を見るとぽつりぽつりと何やら会話はしているようだ。それならと席を立ち、アフロディーテが手際よく持て成しのアフタヌーンティを用意している間に下からシュラがやって来た。手には、ああ、成程あれは蓄音機。白羊宮の主が纏う金の衣の意匠にも似た、うねるスピーカーが年季を物語る。持ち主の言う通り決してプレーヤーではないなといった趣の機器を見てカノンが言った。

「…動くのかそれ」
「どうだろう」

 持って来た当の本人までが疑問符だ。まあ、やってみようと横の取っ手をぐるぐる回す。双魚宮の主がティカップをめいめいに渡し、スコーンにジャム、はちみつ等をテーブルに並べ終わる頃、針がレコードの溝から振動を拾い出し、どこかで聞いたことのある通奏低音が流れ出した。

Canon in D」
「…シュラから曲名が出るとは」

 アフロディーテの大袈裟に驚く声に、シュラがちらりと一瞥をする。いくらの俺でもこの曲くらいは知っていると口を尖らせた。その様子を眺めていた青い目がすと笑んでそのまま静かに閉じていく。懐かしいな、とカノンが呟く。

 ひやり、冷えた空気は青い空を高く澄み渡らせていた。その冬の青天に咲き誇る色とりどりの薔薇の園に、紅茶と焼いたスコーンの甘い香りと心地よい弦楽器の大逆循環がするすると流れていく。聖戦を終えて暫く経った、緩やかな時間の流れる聖域の午後。白羊宮双児宮が連れ立って持参した音楽と、磨羯宮の手配と双魚宮の持て成しで然りげ無く始まる茶会に、その場の皆が静かに聞き入る曲名は。

「…カノン」

 ムウが言う。ああ、これは。あれはいつだっただろう。私はこれを、小さい頃に聞いたことがある…。
はっ、とムウの目が見開かれた。勿論鮮明な像ではない。ただ、養い親とは違う、しかし己より高い背の少年と言える年頃の人と確かに聞いたこの曲は。思わず振り向くとカノンが片目でムウを見ていた。ああ、憶えているのか?と笑んで、くしゃくしゃとムウの頭を撫でた。

 

*

 

 カノン

 途切れ途切れに掠れながら、それでも確かにその音は教皇の間に届いていた。冬の乾いた空気に揺れる緩やかな振動に、石を切り取った様な明かり取りの窓から身を乗り出した双児宮のもう一人が静かに耳を傾けている。彼にしては些か行儀が悪いとそれを見た親友が笑う。カノンって?とアイオロスが訊いた。

「曲名」

 今聴こえる曲だとサガが言う。こんな風な晴れたいつかの冬。昔まだ決別も無く二人過ごしていた頃に、教皇の手伝いをした駄賃にこれを貰ったと、素直に笑う弟をサガは思い出していた。私はそれを。ある時牢から消えた弟の形見の様に身近に置いていた、灰色の月日。己の半身と同じ名を持つ曲…。

「手伝いを?」

 双子座の弟は確か秘されていた筈だった。それは公では、という但書きがついてはいたが。実際は皆が思う程束縛されてはいなかった。が、しかし。あのカノンが教皇の手伝いとは。一体何を手伝ったのだろう。アイオロスがそう問うた時、ふと、背後に鮮烈な気配が立った。
慣れぬ者にはただただ畏怖と感じるこの小宇宙。白い法衣を見るまでも無い。当代教皇が豪奢な金の髪を揺らめかし此方へ歩みを進めていた。ふたり身を正し、すと臣下の礼をとる。教皇は堅苦しさを避ける様にそれ以上を手で制した。

「どこで鳴っている」

 独り言のような教皇シオンの声にアイオロスがふと気配を伺う。どうやら第12の宮に人が集っている様だ。小宇宙を通しそこの主とやり取りの後。

「茶会のようです」
「茶会?」

 サガが小さく繰り返した。ムウとカノンと、シュラ。これからデスマスクが手土産を持って上がってくるそうだとアイオロスが続ける。なんだなんだその面子はと、その目が興味で爛々としているのがシオンにまで見えた。

「行ってこい」

 その様子に呆れた風にシオンが言った。行け行けと払っても躊躇の様子を見せる双児宮の片方に己の弟子へ伝言を託ける。用意が出来た故、此方に寄るのを忘れぬ様にと。少しの間、この師が待つ事を失念した愛弟子へ。他の者には気付かれぬ程度にちくりと釘を刺す。
 夕刻には戻りますと一礼で御前を辞す二人を見送って、下からまだ続く途切れ途切れに曲を拾う。冬の晴れ間。そうこの曲はあの時の。シオンの瞳が思い出した懐かしさにすと細まった。

 

* *

 

 12聖宮の数も揃っておらぬ頃。

 年の瀬の煩雑と、数年毎の祭事に当たり忙殺された年。
最近手許に引き取った自身の継はまだ幼く
養いの親を求めて泣いてる気配にため息を吐いた。

 祭事の格式は教皇の最礼装。黒い布地に金の縁取り。
禁忌の衣に幾重にも連なるのは、従属を示す戒めの首飾り。
人を捨てる証の金の面を付けようとして、手を止めた。
これから始める祭事は不断の行。進めば3日は戻られぬ。

 仕様がない。これでは己の心が定まらぬ。

 定刻まであと少しの猶予に面を抱え
言い聞かせに行くのだと己に言い訳をした。
私を継ぐ者。私の、養い子。時期尚早と言う言葉を押して引き取った。
修復の星を持つ子を守る力は今の一族にはもう無いのだからと。

 近づくにつれ、大きく聞こえる泣き声がふと止んだ。
何事かと要らぬ不安に急ぎ見る。
そこには、居るはずの部屋から抜け出た養い子が誰かの腕の中に居た。
あれは、あの少年は双子座の。

 声は止み、泣いた余韻に苦しそうな息を吐く。
私以外の者には懐かずどの女官にも愚図りだす幼子が、聞き分けるなど珍しい。
ようよう落ち着きふと顔を上げる幼子は、散々求めた養い親の姿にまた泣いた。
己が抱き上げた幼子が伸ばす指の先を追い、振り向いた少年は双子座の下。
この小宇宙の光、天与の光は神を父に持つディオスクロイの片割れの属。
少年は禁忌の衣を纏う統治者の登場に青い目を大きく見開いていた。

「…教皇

 教皇の間の奥へ立ち入った事を咎められると思ったか
立ち竦む少年の腕を滑り降り、こちらへ歩み寄る幼子を抱き取った。
手の届かない扉を念で開けてしまったのだろう。
申し訳もございませぬと青ざめながら急ぎ走り寄る女官を手で制す。
抱き上げて、大人に居れよと言い聞かせながら
その様子をただ見つめる少年に近づいた。

 それから3日。
私が戻るまでの間、幼子の相手を放り出さずに勤めてくれた
その駄賃に何が良いかと双子座の下に尋ねると
じゃあこれを、と差し出されたのは一枚のレコードだった。
はて、こんな物、どこにあったやらと
幼子の面倒役を言い付けていた女官に問うと
戸棚の奥に仕舞われていたこれを機器共々上手に掘り出して
この数日間、二人よく聴いていたとの事。
では、それをと、少年に譲り渡すと
にこり。それを腕に抱き、初めて見た笑顔は満面。
養い親が傍に戻り、すっかり落ち着いた幼子の頭をじゃあなと言って
くしゃくしゃと撫で、外へ飛び出す少年の奔放に思わず笑んだ

 あれは、今は遠いいつかの冬の日。